もうすぐ春です。立春も過ぎ、太陽は日に日に力強さを増してきたような気がします。とは言っても、正直、まだまだ寒いのですが、そんななか、先日、大勢の方々の参加のもと、「講外講」が行われました。
今回も、ともに歩きに歩き、学びに学び、考え、意見を交わし合う、充実の一日でした。
今回の「講外講」テーマは「東京の震災跡と戦跡をたどる!」です。
東京近郊に暮らしていても、知らずにいた、あるいは見過ごしていた、都内のさまざまな「負の遺跡」を巡りました。
コースの一部をご紹介します。


もうすぐ春です。立春も過ぎ、太陽は日に日に力強さを増してきたような気がします。とは言っても、正直、まだまだ寒いのですが、そんななか、先日、大勢の方々の参加のもと、「講外講」が行われました。
今回も、ともに歩きに歩き、学びに学び、考え、意見を交わし合う、充実の一日でした。
今回の「講外講」テーマは「東京の震災跡と戦跡をたどる!」です。
東京近郊に暮らしていても、知らずにいた、あるいは見過ごしていた、都内のさまざまな「「負の遺跡」を巡りました。
コースの一部をご紹介します。
◆東京都墨田区八広駅近く。
1923 年の関東大震災での被災者を襲った火災での大量死、その際の集団恐慌の末に行われた朝鮮人大虐殺の殺害現場。

荒川河川敷

朝鮮人慰霊碑
“荒川河川敷。「3年 B 組金八先生」のオープニングで、きれいなお姉さんがジョギングしていたような(古いかな?)、穏やかな風景。でもそこに当時の情景を重ねると、思わず戦慄を覚えてしまいます。”
◆東京都新宿区戸山。
陸軍戸山学校。現在の戸山公園を中心としたエリア。
戦時中に遠く異域から人体実験の具とされ旧陸軍軍医学校付近に毀損された死体として抛棄された夥しい名もない人々の死。

箱根山 陸軍戸山学校跡

戸山教会(陸軍戸山学校将校集会所跡)
“都心のど真ん中。
だけど、なんだか寂しい。”
◆東京 表参道。
1945 年 5 月 24 日から 25 日深夜に、米軍が東京山の手地域に行った無差別絨毯爆撃。表参道のケヤキは 201 本のうち 13 本を残して焼失。だからよく見ると、樹木の太さの違う木があるはず・・・。
表参道の石灯籠には、逃げまどった末に焼死体となって無残に焼かれた人びとの黒い痕跡が残っています。

表参道の石灯籠
台座欠損は焼夷弾が着弾した痕。石灯籠の黒ずみは空襲の犠牲者の血と脂が染み込んだもの。
“きらびやかな表参道。だからこそ、そのギャップに思わず立ちすくみます。”
歩き通すと、日ごろ、通勤や通学でも通るような、馴染みある、よく知っているはずの場所が、まるで別ものに見える。そんな体験となりました。
ご紹介した場所以外にも、両国にある現東京都復興記念館および慰霊堂なども見学し、時間が足りないほどの充実の行程でした。
その後の反省会(?)も含め、今回も有意義な「場」が生まれました。

朝鮮人犠牲者追悼の碑(両国)